サンタラ・砂田の別冊☆スナダ

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2011年 10月 28日

私的壬生地図

b0113846_13192122.jpg

前回のブログで巡った地域を地図に描いてみた。
(クリックすると大きく見れます)
青いところが今回行ったところ。
私心のポイントも付け加えました。

壬生と呼ばれる地域は本当はもっと上まで広がっています。

ご覧になっておわかりの通り、ぼくのいた下宿は
JRの高架と京福電車の線路の交差しているところ。
京福などは大体2両くらいなのでかわいいもんだが、
JRはゴウゴウ響く、夜中でも貨物車がゆっくり通ったり
かなりな騒音でした。

地図には描けませんでしたが、京福とうちの間には
割と広めのどぶ川が流れここから部屋にゴの字が入ってきた思い出もあります。

この辺は染物工場が多く、
高架線下は駐車場だったり材料置き場だったり児童公園だったりしたのですが、
今は入れなくなっています。
したがってぼくの下宿だった家も入れなくなっています。
もう誰も住んでいないのかしら??

当然高架線下は日当たりが悪く
じめっとして周りは工場、人気がなくちょっと陰鬱な雰囲気でした。
フジパン廃屋と書きましたが、この辺りの筋は古い商店がいくつも廃屋になっていました。
(現在もそのまま)
夜暗くなってからこの辺を帰ってくるのはちょっと怖かったもんです。
高架の横の郵便局あたりから商店街なのですがこれも古臭い感じ。
あまり人はおらず大型スーパーなんかもないし、年寄りばっかりという印象でした。
自家製ビールを売っている自販機があったり往来で大声を出している変な老人とかいたし
かなりな…
古いお店とか廃屋なんていうのは今思えば味わい深いですが、その当時はそうは思えなかった。

八木邸あたりは当時から少し観光地の趣きというか
きれいな感じで上品な和菓子屋があったり、
でも外ヅラばっかよくしやがって、くらい思っていました。

これは19くらいの青年にとってはモラトリアム入るのにもってこいでした。
学校も楽しくないし、案の定ぼくは大学やめようかと思い始めました。
その後、音楽サークルに入り下宿も引っ越して持ち直しますが。

なぜこの辺りだけがこんな独特な雰囲気なんでしょう?
それって新選組がこの地にいたこととやはり関係あるのかな?
でも「嫌い」と思っていたことはそれなりに興味があったわけで
それが現在の自分なんでしょう。
この辺りが嫌い過ぎて好きなんです。
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by santarablog2 | 2011-10-28 13:20 | 日記 | Comments(2)
Commented by Nori at 2011-10-31 00:22 x
わ、ほんとに新撰組観光コース出発点!(ゴール?)
みたいな場所に住んでいたんですねー。
もう少し足を伸ばせば、西本願寺、不動堂村屯所…。

私的メモにモラトリアム砂田青年がかいま見える…?
唐突なラーメン横綱も気になる^^;
Commented at 2011-11-01 20:05 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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